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できる限り例外なく

 

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これが親を苦しめる

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「子どもに何度言ってもなかなか習慣にならない」という場合、おそらく親が失敗しているだろうというポイントがあります。

それは、その時々で態度をコロコロ変えたり、挫折したり妥協したりしていることがあるということ。

100%完璧に、なんて言いませんし、自分もできているつもりはないので「できる限り」という表現にしておきますが、8割9割の割合で1つの決まりを貫く覚悟は必要だと思います。

 

例えば、我が家では今、冬休みを利用して洗濯物を子どもだけでタンスにしまえるようにしているところですが、クリスマスと元旦だけは例外として許容するというように、一度決めたら徹底してやること。これが、しつけの肝だと思います。

 

ただ、これが一番親を苦しめるのでは?笑

わかっているけど・・・なかなかね。そうなんですよ、だから、しつけって親自身をしつけることでもあるなぁ~って思うんです。

 

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頑張り続けるのは嫌だ

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ですが、考えてみてください。

子どもが中学生、高校生になってもズルズル同じことを言い続けるか?それとも今2ヵ月徹底するか?という話なのです。わたしは、間違いなく後者を選びます。

 

後がラク。そして何より、本人たちがラクに生きられるはず。

「躾(しつけ)」は、親からの生きるためのプレゼントです。できるだけ例外なく、正しいと思うことを伝え続ける。

 

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間違っていてもいい

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これは、まったくの持論ですが・・・しつけ、間違えててもいいと思うんです。徹底的に教え込んだことが、実は間違えていたってことがあっても、まあ大抵の場合大丈夫なんじゃないか?って。

というのは、フラフラと言動が定まらない親よりは、ビシッと自信満々で間違えている方が、ゆくゆく自立しやすいと思うからです。

親が盾になりやすい、とでも言いましょうか。「それ違うやん!」って、ある日子どもの方が気付くなら、それはそれで、いいしつけだったと言えると思うのです。

 

何が何だかその日によって言うことが違う親よりも、わたしはずっといいと思います。だから、自信をもって子どもの前に立ちはだかってください!

 

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しつけとは言えないとき

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ただし、しつけとは決して言えないようなものもあります。秋葉原にバスで突っ込んで無差別殺人を起こした犯人は、幼いころから厳格な母親のもとで育ったようです。作文の1文字の間違いも許されない家庭の空気。もしも、しつけだと思ってしたことだとしたら、母親は間違っています。

 

子どもの人生のために本当に必要なもの、自立のためになくてはならないと思うもの、そのことを基準に見定めてください。