こういうしごとをしていると
「子どもが好きなんだね」と言われますが
わたしは自分が特別に子ども好きだと思ったことは
ありません。
ただただ人間が好きなだけで、
子どもを「子ども」という分類に
わざわざ閉じ込めようと思っていないから
かもしれません。
なんででしょう?
大人や親になると
チョットえらそうになるの(笑)
大人だからって
親だからって、なんで
「〇〇しなさい!!」って命令できちゃうんだろう?
「子ども」ってカテゴリーに生きていると
「大人」って奴らに支配されちゃう・・・
そんな関係イヤだなぁ~。
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わたしには、尊敬している先生がいます。
当時小学5年生だったわたしは
こういう大人になりたいと思ったものです。
その先生がおっしゃった言葉。
「先生って字は、
先に生まれたって書くでしょう?
先生は先に生まれただけなんだよ。
わたしを、どんどん超えていくんだよ!」
そうそう、大人ってたまたま先に生まれただけです。
神様に先に選んでいただいただけ。
経験が何十年分か蓄積しているからって
なんでもかんでも子どもよりエライ!だなんてこと、
ありますか?
先日わたしはここで
親も一緒に勉強すればいい、とお伝えしました。
わからないなら一緒に今からやればいい、って。
子育て本などにはよく
「子どもの気持ちに共感しよう」と出てますね。
「一緒」というのは肩を並べた状態です。
子どもも親も年齢も関係なく一緒にやるとき
「共感」が生まれます。
子どものとなりにいたら
一言もしゃべらなくてもいいです。
そこにいるだけで
「共感」が生まれます。
子どもの宿題のあいだ
自分は折り紙に挑戦しててもいいし
作ったことのない料理のレシピを検索してもいい。
やったことない手編みの手袋を編んでもいいです。
子どもの宿題の内容を細かにチェックして
「これ違うじゃん」
「ねえ、ここ、おかしくない?」
「この字だけでも直せば?」
「どうして何度言ってもわからないの?」
って言ってストレスを溜めるくらいなら、
なんにも関与しないで
ただただ子どものとなりに座って
ご自分も未知なる世界を楽しんでいたらいいです。
「なにこれ、本の言ってる意味わかんない」
「うわ、また同じとこ間違えた!」
「よし、今度こそ完成!!」
とか言いながら。
「未知なる世界」
というのがポイントです。
子どもも大人も関係なく
同じことをしてみて
初めて気付くことがあるはずです。
同じことをして、同じ感情になる。
それが「共感」。
「大人」でも「子ども」でも
なんにも関係ない状態になる。
「親」も「子」も肩を並べる。
それが「共感」です。
これは、やってみないとわかりません。
ふうーん、で読み過ごす方には味わえません。
偉そうなオトナを気取っても
子どもには見透かされている。
大人だって人間。
子どもだって人間。
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「となりに座る?そんな…。宿題がヤバいって!」
「そんな呑気な時間はないっつーの!」
と思う方、明日もここに来て下さい。
その壁、瞬時に壊して差し上げます(笑)
つづく