「みんな」を基準にすると、自分の感性が失われる。
その次に、個性が失われる。
そして
個性が見えない世界では、協調性が消えていきます。
子どもの「すなおなきもち」にフタをするものは
「みんな」を基準にしたものだけではなく、
大人が決めたルールすべてです。
すなおで伸び伸び育ってほしいと願いながら
大人が子どもに与えるルールが
その「すなおなきもち」を感じることを
やめさせてしまいます。
自分の気持ちがわからない子になるのです。
もしかすると、あなたは(そんな馬鹿な・・・)と
思ってらっしゃるかもしれませんね。
(なんかわかる)と感じる方もいらっしゃることでしょう。
「すなおに思ったことを言ってごらん」
「どんな感じだったか自由に書いてごらん」
子どもにそう促したときに
「なんにもない」「わからない」「思ったことがない」
と困ってしまう子はぞろぞろいます。
育つ過程で、自分の感性よりも他に
優先すべきものがあった子の特徴です。
「みんな」や「普通」とは、ルールの1つ。
それが、「自分の感性」よりも大切にされ続けると
脳は「すなおなきもち」を感じるのをストップします。
というか、我慢することを覚えます。
自分を意識するメリットがないために、自分の本当の「すなおなきもち」を感じなくする方へ逃げる、
と説明してもいいかもしれません。
世界にたった一人しかいない自分の
すなおな感性・感じ方・きもちは
本能的なものでしょう。
個の性(さが)なんですよ。
個の性がなくなっていくんです。
スタンダードでもなんでもない、
ちっぽけで頼りない「みんな」を基準にして
正解だと信じ込む。それがいいと思い込む。
「みんな」に合わせて親が安心を得る🍀
「みんな英語やってるんだから、うちも!」
「みんながやめるなら、やめれば?」
「普通の色にしときなさいよ」
「みんなも水泳習ってるんだって」
「男らしくしろ」
「普通さあ、女の子ならお人形とかおしゃれが好きなの
に、うちの子ったら車に夢中で…やめてほしいわ」
犠牲になるのは「個性」より「みんな」を優先させられる子どもです。
「みんな」を大切にされてから、急に「個性」を発揮することを要求されても、こころの重たいフタは、そんなに簡単に外せません。
なぜかわかりますか?
そのフタを外してしまうと、
涙が止まらなくなるからです。
抑制してきた自分の感情が激しく噴出するからです。
つづく